真言宗 智山派 雫田山 竹仙院 福王寺
福王寺の縁起

 平安時代/延暦20年(801)に陸奥胆澤地方の蝦夷に大反乱が起きたので、坂の上の田村麻呂が東山道を通り、近道の諏訪から今の白樺湖周辺、雨境を経て望月を通り蝦夷征伐に赴いた。
 その時、望月の豪族の奥方が病気で床に伏しており、田村麻呂に従って来た僧が、薬を与え祈祷をしたが、その甲斐なく死亡してしまった。それを知った田村麻呂が「墓を造れ」と言われ比田井山の丘に墓を造った。そして、その丘から見て一番良い所に「一寺を建立せよ」と言い残して蝦夷に向かった。
 その後、日当たりが良く、湧き水のある現在の福王寺の地が選ばれ、大同2年に福王寺が建立された。後に豪族の殿様も亡くなり、比田井山に墓を造り、今でも2つの古墳が残っている。これを内裏塚という。
 その後鎌倉時代になって、望月氏が湖後を治めてからは、その庇護に依って現在の阿弥陀如来座像が造立され信仰の対象となったのである。
 しかし、寛永年間の山火事により周囲の寺と共に、ことごとく消失し、記録・重宝なども失われた。ただ本尊阿弥陀如来および、日光月光両菩薩、毘沙門天、雨宝童子のみが難を逃れることができた。
 その後宝永6年までに方丈、庫裏、仁王門、本堂、阿弥陀堂、不動堂、鐘楼堂が建立され、昭和50年には阿弥陀如来収蔵庫が、また平成4年に観音堂を建立し現在に至っている。福王寺は、平安時代の大同二年の創立であると伝
えられてます。


真言宗 智山派 雫田山 竹仙院 福王寺

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