その昔、望月町は「望月の駒」といわれる名馬の産地であり、宮中ならびに江戸幕府に献上するための御料牧場がありました。そのため、馬頭観音への信仰は大変厚く、かつて、福王寺の末寺であった観音寺跡から、千曲川を望む崖下のほこらに本尊として奉られています。修験場ともいわれたそのほこらに、人々は願いを叶えようと次々と観音像を奉納しました。
その数今や、131体にもなり、人々の厚志溢れる、信仰の霊場とも言えるでしょう。

毎年、春の法要と夏の「千燈祭り」が、沢山の人々に囲まれてにぎやかに営まれます。

かつては当山別院として建立された観音寺の修験場として使われたほこら。
        本尊の馬頭観音様
百番観音をひとつひとつお参りすることで、佐久、信濃、西国、板東、秩父の札所を廻ることになると言われています。